4月28日孫娘が志賀高原スキー場で骨折した。親子でリフトに乗って、降りる際にバランスをくずし、慌てた愚息が折り重なり、捻挫程度と思っていたのが骨折とわかり、日赤富山病院に入院する羽目になってしまった。それから5月10日の退院まで、大人の誰かが24時間付き添っておらねばならず、じいちゃんの出番と相成った。孫娘は保育所の年長さんで5歳。子供3人の末っ子なので何とも手が焼ける。人見知りがすごく、すぐにお母さんとめそめそする。嚥下がスムーズでなく食事にとても時間がかかる。トランプ、電子ゲーム、おやつタイムと退屈させないように思うが思うに任せない。浅薄なじいちゃんはここは絵本だとなる。情操教育も兼ねて、女の優しさの原型をこの際に作らねばと、書店の児童書売り場へと急ぐことになった。
眼に飛び込んできたのが「からすのパンやさん」の続刊「からすのおかしやさん」「「からすのやおやさん」「からすのてんぷらやさん」「からすのそばやさん」。何と4冊も並んでいるではないか。本の帯には応募シールが刷り込んであり、全巻の4冊を買うとバッグがもらえる。版元の偕成社もせこいことをするなと思ったが、4冊を一挙に求めることにした。とにかく時間はたっぷりとある。いそいそと病室に入る間抜けじじいとはこのこと、参院選の行方をこれほどに憂えている老人とはとても思えない。
さて、著者の加古里子(かこさとし)だが26年生まれの87歳。東大工学部応用化学を卒業し、昭和電工にも勤めたこともある工学博士だ。勤務の傍らセツルメントや児童向けの人形劇や紙芝居などの活動していたのが、47歳で退社し、作家活動に専念する。成蹊高校時代の教師に中村草田男がいて、「さとし」は俳号でもある。文系の感性を持つ理系頭脳という人間らしい。からすのパンやさんの初版が73年であるから、ほぼ40年ぶり。どんなきっかけでこうなったのか興味深い。
偕成社の企画会議を想像してみる。絵本購入は両親というより、祖父母を想定したらどうでしょうか。孫への教育資金贈与もスタートしているので、これにあやかり30年前の絵本記憶をくすぐるという寸法です。わが社でのロングセラー絵本1位がからすのパンやさんで、累計売り上げが50万部です。5万部は固いと思います。思いつきですが、チョコくん、リンゴちゃん、レモンちゃん、オモチくんの4人の子供の成長ぶりということで加古先生にお願いしましょう。4つ子ちゃんなので、それぞれの成長ストーリーで4巻同時発売という手もあります。祖父母の購入となれば、4巻合計5000円というのも無理なものではありません。インセンティブに4巻購入者には記念グッズを付ける手もあります。
そこを引き取って、部長がおもむろに発言する。確かにいい企画だがリスクもある、加古先生の年齢だ。お元気とはいえ90歳、4巻同時となれば発売まで2年は要するだろう。その間に万一ということもあるかもしれない。しかし、そんなことをいっていたら何にもできない。全力を挙げて、先生を説得し、進めることにしよう。
そんな筋書きに乗せられたようだが、何ともうれしい買い物であった。出版事業の不振は坂道を転げ落ちるようなものだが、こうした小さなヒットに心和む。ひとり出版社の夏葉社から出た「昔日の客」もなかなかにいい。小さな積み重ねでしかないが、とにかく繋いで、まわしていこう。
新聞を開くと、作家・高橋たか子の訃報だ。ご存じ高橋和己の奥さんで17年間連れ添った。「私は終始、主人の頭脳の力にこの上もない尊敬の気持ちをもっていたのであって、この尊敬は一切をおおってあまりあるものだった」「かわいそうな人だといつも思ったこと」。編集者・坂本一亀の勧めで書いた「高橋和己の思い出」(構想社)を取り出して眺めている。
からすのパンやさん