「ホイッスル・ブローアー」

串岡弘昭さん。20年以上前の記憶がよみがえってきて、その執念に驚いた。学生時代の郷愁なのか、就職しても何となく「朝日ジャーナル」を購読していた。惰性で、断ち切れなく眺めて積ん読程度。しかしこの号だけは鮮明に記憶がある。当時は東京勤務で通勤の途中にでも読んだのだと思う。1979年10月号。ヤミカルテルを内部告発した社員が、その直後教育研修所勤務として隔離される。2階の3畳ほどの一室があてがわれ、特に仕事はなく、草むしりと雑用しか与えない仕打ち。確か写真は研修所の庭で草むしりをする氏であった。「え、あのトナミ運輸が」と声をあげた。その時、不明にしてはじめて串岡弘昭さんのことを知った。あれから28年、じっと耐え続けていたのである。そして子供2人がそれぞれに自立したのを機に、トナミ運輸に謝罪慰謝料を求める訴えを富山地裁に提出した。会社が正しいのか、私が正しいのか、その判断を裁判所に求めてみようと。2002年1月29日。訴状は次の通り。損害賠償金等請求事件、訴訟物の価額 金4,805万円。謝罪文の要旨「貨物自動車大手路線事業の大手路線業者のヤミカルテルを告発したことに対し、昭和50年10月教育研修所に配転し、以後4半世紀にわたり、本来業務を与えず、社内において自由な人間関係を形成することを不可能にし、かつ昇格させず、低賃金に据え置き、重大な人権と生活を侵害したことは雇用契約の義務違反であり、不法行為。この一連の行為について深く謝罪し、お詫びします」こう謝罪をしろということ。

定年を数年残しての決起だ。昭和21年新湊生まれの、45年入社だから、わが同郷同世代。読売奨学生となって新聞配達しながら一浪、明治学院大学に。就職も当時のことだから、新湊市の京谷県議の紹介。このしがらみを利用しての退社強要も。さらに暴力団までが登場。会社を辞めなければ、組の若い者を使って交通事故を装ってひき殺すぞ、との脅迫も。昨年8月の給与明細。55歳で総支給額24万1946円、手取額18万5619円。こんな現実に20数年間だ。凡人なら発狂してしまう。

何より辛いのは、彼は4男坊ゆえの養子さんである。義父母への思いも複雑だ。また家族特に妻や子への思い。地縁血縁がんじがらめの狭い田舎町。どれほどの辛さか、想像を絶する。打ちひしがれ、何度も辞めようかとも。その執念には脱帽である。

ホイッスル・ブローアーを直訳すれば、警笛を鳴らす人。所属する組織の不正を社会に警告する内部告発者を意味する。そしてホイッスル・ブローアー法とは内部告発者が不当な扱いを受けないようにする保護法案。この制定の動きも進んでいる。

しかし、これでもって組織の腐敗、病理は解決するのであろうか。もちろん否定するものではないが、あなたはといわれれば、とてもその勇気は持ち得ない。別の方策があるように思う。雪印や、三菱自動車を挙げるまでもなく、組織病理に侵された企業にもっと早い段階での内部告発があれば、企業存続まで危うくなることはなかったかもしれない。しかしだ、内部告発だけに頼る組織改革の陰湿さを想像してほしい。確かに、民主主義は工場の門前で立ちすくむ。そこを潜り抜ける組織原理は何かである。
この判決は出るだろう。しかしそれで企業組織が変わるとは思えない。

論理的ではないが、居酒屋民主主義も捨てたものではないのだ。とにかく職場の隣の人は大事にしよう。そこから始めよう。大袈裟に考えずに。

【参考図書】
「ホイッスル・ブローアー=内部告発者」
串岡弘昭著 桂書房刊1200円

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