「透析を止めた日」

 この一冊で透析の考え方が一変してしまうだろう。血液透析から腹膜透析へ、一挙に転換することもあり得る。それほど衝撃的な一冊だ。「透析を止めた日」(講談社刊)を読み終えて、そう思った。著者は堀川恵子。手練れのノンフィクション作家で数々の文学賞に輝く。広島テレビ放送がスタートだけに、映像を繰り出すリズム感で引き込んでいく。NHKのプロデューサーであった林新(はやし・あらた)に出会い、更に高みを目指せると転がり込むように上京する。その時、林は既に透析を受けていた。「俺でいいんだな」でふたりの生活が始まった。蛇足だが筆者は45年生まれの酉、林は一回り下の酉、堀川は更に一回り下の酉年。同じ酉ながら、堀川のひたむきさには脱帽するしかない。

 ここは結論から述べたい。週3回、毎回4時間かける血液透析は患者に想像以上の負担を強いる。電気と水が止まった東日本大震災では、透析患者を自衛隊機で患者を移送した。そんな綱渡りの上に、透析患者の末期はいつ止めるのかで迷い、止めた後の耐え難い苦痛をもだえ苦しむ。しかも緩和ケアはがん患者だけに限られ、透析患者には保険適用されない。更にいえば、腹膜透析という方法もあるが、なぜか普及を阻む空気がある。堀川は夫の壮絶な死を体験することで、この問題に切り込んでいく。

 血液透析は静脈から血を抜き、ろ過して、動脈へ戻すサイクル。4時間でフルマラソンの負荷がかかるという。腹膜透析は臓器を包み込んでいる腹膜から、水分や老廃物を取り出す。治療効果は血液透析より落ちるが身体への負担は小さく、患者のQOLを保つ。在宅でも可能で、海外出張の多い患者は機内で透析する。

 日本には34万人の透析患者がいて、腹膜透析はたったの2.9%。香港は69%と腹膜が圧倒的だ。大きな原因は国内の血液透析の最大収容能力は48万と、慢性透析患者数は34万を大きく上回り、ベッドが供給過剰になっている。まずベッドを埋めようとなる。血液透析の一人当たり年間医療費は約500万円で、過剰な設備投資に走った医療機関が多かった。透析患者の高齢化が進む中で、そんな医療機関の事情を優先するわけにはいかない。腹膜透析への転換と緩和ケアの保険適用が待ったなしだ。

 林がNHKで最期に手がけたのが「日本人と象徴天皇」。堀川は末期の林が発するか細い声を聞き取り、書き留めていった。ふたりは力の限りを尽くし切った。林は17年7月24日、堀川に抱きしめられて逝った。享年60歳。

 ところで、この1冊を手にして医療ジャーナリズムの可能性を感じている。「悩む力」「手話を生きる」を著したTBSの斉藤道雄もそうだが、医療者の限界を超えて訴え、問題の解決策を提示している。もっといろんな分野で発信してもらいたい。

  • B!