選挙は戦争だ。辣腕の選挙コンサルタントがそう断言する。「当確師」(中央公論新社)なるエンタメ小説はこうして始まる。立ち読みしながら、多少選挙に関わる身にもなったので、読んでみるかとなった。著者の真山仁はハゲタカファンドを題材にしていた記憶はあるが、読んではいないし、テレビ化作品も見ていない。62年生まれで、同志社大学を出て、中部読売新聞に入り、岐阜支局を3年経験して、フリーになっている。95年の阪神淡路大震災で被災も経験して、03年に初めてダイヤモンド社から作家デビューした。その間の13年間の苦闘も想像できる。とりわけ中部読売新聞と聞いて、こんな作家も排出していたのかとの思いも加わった。あの頃は新聞の過当競争真っ盛りで、読売は愛知県など東海3県などに強固な地盤を持つ中日新聞、静岡新聞に殴り込みをかけたのである。当時の読売には販売の神様と呼ばれた務台光男がいて、朝日を抜く勢いであった。奇策ともいうべき、本体とは別建ての格安価格を設定しての攻勢である。75年のことで、業界も騒然となって、果たしてどうなるものか、と固唾をのんでいたのだが、中日新聞、静岡新聞の牙城は崩せなかった。岐阜支局を早々に見切りを付けたことも頷ける気がする。作家10年にして、絶対に逃げず、もっと面白い小説をもっと衝撃的な問題提起を、と意気込んでいる。
さて、問題小説の「当確師」だが、人口177万人の政令指定都市・高天(たかあま)市の市長選を題材にしている。三選を目指す検事出身の現職市長に、手話でしかコミュニケーションがとれない聴覚能力のないろうの女性が挑むストーリーだ。すぐにピーンと来たのだが、真山自身か、あるいはスタッフが前回紹介した「手話に生きる」を読んでいて、これを生かそうとしたのではないか。聴覚障害の女性市長を誕生させるという設定は、小説の厚みを持たせることは間違いない。現職市長を支えてきた大物政治家が三選阻止に向けて、候補者選定から当確師を動かす。選挙コンサルの難しいところは、公職選挙法の壁である。選挙で報酬が受け取れるのは、ウグイス嬢と運転手くらいで、選挙期間中に介入して報酬を受け取れば、即選挙違反で逮捕となる。告示前までが勝負なのである。選挙コンサルの指示通りに選対が動くかどうかも、大きなカギを握る。やっかいなビジネスである。権謀術数をめぐらしながら、市長選候補の目された男が市長選専属手話通訳を引き受けて、女性候補をサポートする側に立場を変えて、圧倒的に不利な予測をひっくり返し、圧勝する。つまり手話通訳者が本人に代わって声を出し、聴衆に呼びかけて支持を求め、市長になれば壇上から議会で説明するという光景である。そんな時代がやってくると問題提起しているのだ。辣腕で硬骨の当確師はこうも考えている。政治なんて何をやっても変わらないと、諦めてはいけない。民主主義の主役は有権者なのだという幻想を、有権者に抱かせなければならない。
実はこの小説に湯浅誠がいろいろ助言している。「ヒーローを待っていても世界は変わらない」を著し、年越し派遣村の村長をやり、菅内閣では内閣参与として官邸にも入って、現在法政大学の教授を務める湯浅である。どうだろう、東京都知事候補であってもおかしくない。もちろん野党統一候補だ。
はてさて、選挙の現実は想像した以上に苦しく、厳しい。選挙は戦争というのも当たっている。何よりも権力に抗して闘うということは、想像以上のエネルギーが求められる。32の一人区が参院選のカギとなっているが、うねりを起こして半数以上は野党統一候補が議席を占めると、いきたいものだ。
「当確師」
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