東京オリンピック

64年10月10日、新宿区柏木のオンボロ下宿を出て大久保駅へと目的もないままに歩いた。「世界中の青空を全部東京に持ってきてしまったような、素晴らしい秋日和でございます」。日本中がオリンピック一色に塗り染められていたのだが、ラスコリーニコフ(ドストエフスキー「罪と罰」の主人公)を気取った19歳は頑なにこれを拒否しなくてはならない思いに駆られていた。向かった先は浅草。権力にだまされてはならない、お前は選ばれた人なのだ。そんな囁きを耳にしながら、金貸し老女を殺めかねない思いでもあった。いつの間にか浅草6区の映画街にまぎれ込み、「スエーデンの城」を選んで入った。ほとんど観客はいなかった。
 2020年1月某日、75歳の老人は浅草の高齢者住宅に住む友人を訪ねていた。手にした杖でその歩みはとてもゆっくりしていたが、世相のあまりの変わりように疲れ果ててもいた。インフレは確実に団塊世代を直撃し、団塊ジュニアの多くは失業者となり、その格差は殺伐とした嫌な空気をかもし出していた。
 そして、7年前危惧されていたことがすべて現実となっていたのである。オリンピックの開催が覚束なくなっていた。フクシマの汚染水は全くコントロール不能となり、太平洋に放射能は垂れ流しとなった。世界各国の農漁業者から国家予算を上回る賠償金が請求されるというのだ。IOC総会でのアベの思いつき発言が国際公約だというのが根拠となっている。「汚染水は港湾内に完全にブロックされている」「健康問題についても全く問題ないと約束する」。この映像がネット上で何回となく、世界中で繰り返されている。
 中国と韓国は東京オリンピック不参加の先頭に立つ。集団的自衛権を確立してみたが、蹴られても踏まれても付いてゆきます下駄の雪とばかりに米国追随だけが目立ち、その米国からもアジアの安定は米中韓でやるから日本はフクシマだけに集中し、引っ込んでいろと邪険にされる始末。「僕は靖国に参詣しなければならないのです」というアベに、「あなたは頭が悪いのですか、優先すべきは国民です。あなたの爺さんの夢がどうしたというのです」とケネディ大使に叱り飛ばされている。領土も歴史認識も、フクシマの前にかすんでしまって、誰も口にも出さない。
 日本経済はどうか。消費税増税部分は、企業減税と公共事業にまわり、財政再建どころか国の借金はますます増加し、社会福祉はむしろ後退してしまう状態となった。それでもオリンピックまではアベノミクス路線しかないではないか、と懲りずに続けて、悪夢のIMF管理目前となっている。更なる増税と超緊縮財政しか選択のしようがない。塗炭の苦しみが待ち受けている。
アソウとかいう財務大臣はとうに辞任し、住まいをハワイに移して、「アベは経済は全くわからないからな。オリンピック招致まではナチスのベルリンオリンピックにならってうまくいくと思ったんだがね」と漫画を読みふける日々だという。
 ケネディ大使は更に慨嘆してこう話す。こんなひどい国だと思いませんでした。大戦前と全く変わっていないのですね。日本の国民は不幸ですね、こんなレベルのリーダーばかり持って、しかし国民が衆参選挙でその多数を自民党に委ねたのですから、相応の責任もあります。
 さて、あなたはどう考える。朝日川柳(9/17)に「年金の時も平気で嘘をつき」とあるのを見つけて、こんな風に老人の被害妄想は膨らんでいった。
 気分転換に「風立ちぬ」をみたが、なぜか涙が流れてしかたがなかった。「風立ちぬ、いざ生きめやも」。といわれても2020年、75歳。風はどう吹いているだろうか。

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