昭和史を、これほどまでの考証を重ねて、よく語り切ったものだと思う。力業というしかない。敬服する相手は「昭和史」著者の半藤一利。平凡社刊、1600円。軍部も、マスコミも、庶民もみな愚かで、世の中あっという間に変わってしまったのだ、ということがよくわかる。軍隊の持つ、誰にも抗しがたい不条理。究極の自衛は先制攻撃。自衛権を持つということはそこに通じていき、既成事実の前の文民統制の無力さ。軍隊軍備を持った時点でどうしようもない運命が待ち受けている。それを肝に銘じたうえで、わが国民のもつ性情を考えてみると、実に心もとない。むすびの章「310万の死者が語りかけてくれるものは?」では、心もとない国民に5つの教訓を挙げている。
第一に国民的熱狂を作ってはならない。なんと日本人は熱狂したことか。マスコミに煽られ、いったん燃え上がってしまうと熱狂そのものが権威を持ち始め、不動のもののように人々を引っ張ってゆき、流してきた。第二は、最大の危機において日本人は抽象的な観念論を非常に好み、具体的な理性的な方法論をまったく検討しない。自分にとって望ましい目標を設定し、実に上手な作文で空中楼閣を描くのが得意で、物事が自分の希望するように動くと考える甘さ。三番目が、日本型のタコツボ社会における小集団主義の弊害。陸軍大学校優等卒の集った参謀本部作戦課が絶対的な権威をもち、そのほかの部署でどんな貴重な情報を得てこようが、一切認めない狭隘さ。四番目は国際的常識をまったく理解していないこと。ポッダム宣言の受託が意思の表明でしかなく、きちんと降伏文書に調印をしなければ終戦が発効しないことを知らずに、どれだけ無駄な血を流したことか。五番目は、何かことが起こった時に、対症療法的な、すぐに成果を求める短兵急的な発想をする。その場その場のごまかし的な方策で処理する。まったく大局観がない。
思い当たることばかりである。三菱自動車工業も然りであろう。それにしても、これほどアホで、無能で、無責任な人間たちを指導者と仰ぎ、310万人が命を落とした、あの戦争というのは何だったのか。これほどの犠牲を払っても、思考回路が変わらない<私><あなた>というのは何なのか。本当に情けなくなる。
そんな怯んだところを見透かしたように、世の中では、新しい戦前が始まろうとしている。半藤はいう。武張ったような政策と、マスコミの無力、何よりも「庶民」の変質ぶりを見ていると、「同じだな」と感じる。野田正彰京都大学教授もいう。「男子学生は右傾化がひどい。小林よしのりの漫画を本気にして、中国人や朝鮮人を蔑視する。『誇り』を語ってひどく攻撃的になる」。アメリカに従いて行くしか日本を外敵から守る道はなかろうという手垢にまみれた論理に、誰も説得力ある代替案を語れない。
こちらの思考停止をよそに、いまアジアは変わろうとしている。少なくとも米韓関係は確かに変質しようとしている。進化しようとする韓国と、逆行しようとする日本。これに北朝鮮、中国、台湾がからんでくる。アジア外交の大きな舞台回しの好機に、拉致被害者への同情、憐憫レベルでしか動けない日本外交に大きな危うさを感じる。
いま期待しているものがある。「華氏911」。ホワイトハウス公式指定危険人物のマイケル・ムーアが、ブッシュを再選させないために作ったという途方もない映画とは、どれほどのものか。映画が政治を変えるエネルギーを持っているのかどうか。見定めてみたい。先々週が「シルミド」、先週が「赤目四十八瀧心中未遂」と、このところ酒を控える分だけ行動範囲が広がっている。
さて、この昭和史は必読である。あなたの周りの若い人にぜひ勧めてほしい、ところで、この半藤一利は夏目漱石の義理の孫にあたる。漱石の孫娘を連れ合いにしている。文芸春秋で、松本清張に親しんだ。語り口は良く似ている。
必読!昭和史
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