成人式

 町内会長をしていると、いろんな役回りが巡ってくる。1月11日富山・五福地区の成人式で、万歳三唱の音頭を取ってほしいという依頼が舞い込む。黒の礼服を持っていないので難しいといったら、平服でもいいとのこと。53人の新成人が参加していたが、振袖姿の女性の存在感が圧倒的で、付き添ってきた両親がカメラを構えて会場を右往左往している。来賓席にいながら、いろいろなことを想像していた。そんなところに世界2月号に高橋純子・朝日新聞編集委員が「あたふたと振袖」なるエッセイを寄稿。それを参照しながら、テーマにしてみた。

 埼玉県蕨市に「成年式発祥の地」という記念碑がある。1946年当時の蕨町が若者たちを励まそうと「青年祭」を開催したことが由来で、男性は国民服、女性はもんぺ姿だったらしい。祝日法が制定され、最初の「成人の日」となったのが1949年1月15日だから、歴史は意外と浅い。元服という伝統的な通過儀礼と、戦後民主主義の新生日本の担い手を育てるという願いが込められている。筆者のそれは1965年になるが、振袖などひとりもいなかった。流れを変えるきっかけになったのは、70年刊行で累計700万部の大ベストセラーとなった塩月弥栄子の「冠婚葬祭入門」。「親が成人式を迎える娘に晴れ着を贈って祝ってやる」と書いた。これを見逃さなかったのが、戦後壊滅状態になっていた着物業界。現在では着物市場の25%が成人式の振袖関連だという。レンタル、着付け、記念写真などで50万円程度が相場と予測するが、必死に名簿を集め、またコネを探し、戸別訪問を繰り返す過当競争と聞いた記憶がある。そういえば、中心商店街に10軒以上あった呉服店のほとんどが姿を消した。

 商業主義に踊らされての成人式だが、晴れ着の自粛や、成人式の夏開催などいろいろ工夫されたが「晴れ着を着たい」「着せたい」を説得することは難しかった。爺さんから見ると、装うことにこれほど恍惚とする〝おんな〟は理解しがたい存在となる。

 さりながら、20歳といえば、大学2年生。鋭敏な知性、感性、そして反骨が根づく時である。そんな彼女たちに、振袖を拒否する選択の余地はないものだろうか。紺のスーツをびしっと決めて、さっそうと式場に現れたら、心から拍手喝采を贈りたいと思う。

 決して晴れ着を着ないだろうという女性を想像する。重信房子、上野千鶴子、土井たか子、辻元清美、・・・。

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