女が描く西郷と大久保。林真理子の原作を、中園ミホが脚本に仕上げたのがNHK大河ドラマ「西郷どん」。これも終幕を迎えようとしている。この話が進む前に、二人は鹿児島に旅し、同県歴史資料センター黎明館に立ち寄っているが、そこにあった西郷の長男・菊次郎の写真の前で、いい顔をしているといって林はしばし動かなかった。更に時代考証を担当することになる原口泉から、20年くらい前に田辺聖子が西郷に挑戦しようとしたと聞き、林のライバル心は燃え、女流作家で初めて西郷に挑むことを決めた。NHKから話があった時に、躊躇なく脚本は中園さんね、と決め打ちだった。脚本は1年6か月掛けて練り上げ、撮影は演出とかと調整しながら1年余で仕上げていく。放映が始まると、毎週月曜日の昼頃に視聴率が知らされる。大河は10%以上が求められ、その数字に一喜一憂する。西高東低は覚悟していたが、九州地区ではもちろん高く、東京以北の特に東北はやはり低くて、5%の差が出ている。
12月1日、富山県女性財団が中園ミホを招いて講演会を開いた。大河の脚本料が5000万円という噂に、顔ぐらいは見ておこうと往復はがきで申し込んだのだが、忘れた頃に聴講券が届いた。補助席を設けるほどの盛況で、軽い語り口で標記の経緯から話し始めた。周りはドクターXや、リーガルVを知り尽くしたファンばかりのようで、居心地が悪かった。
逆境が私を育ててくれた。10歳で父を、19歳で母を亡くしている身で、未婚の母になる決断するという切羽詰まった逆境だった。四柱推命という占い師で日銭を稼ぎ、脚本で一本立ちできる実力を身に着けるしかないと覚悟する。34歳の時だ。日大芸術学部時代は母を亡くすという厳しい試練から逃げ出すように、ちゃらちゃらした生活を送っていた。広告代理店に就職したが、コピー送るのさえ覚束なく、1年余で退職を申し出た時に、ほっとしたような顔の上司の表情を忘れない。その代理店の同僚がシナリオ講座を受講していたが行けなくなり、その代理でノートを取っていたのがきっかけになる。思えば、向田邦子とか倉本聰のドラマが妙に焼き付いて記憶になっているし、活字にも何度も目を通していた。そんな素養に偶然にみえるきっかけが才能を開かせたのだろう。占いも然り。成功を収めた有名人が家庭の悩みを訴える裏の顔に、人間の表裏の落差を見て、シナリオの深さにつながっていった。
とにかく徹底して取材する。西郷ドンでは歴史学者・磯田道史、先述の歴史考証の原口泉に付きまとうように聞き尽くした。これは女の武器でもある。山崎豊子も、瀬戸内寂聴も遠慮などということは全く考えない。相手が辟易しようがまったく構わない強引なもので、男には無理である。サービス精神の旺盛な中園は、西郷と妻・イトの縁談を取り持ったのは富山の薬売りであり、それだけでなく薩摩藩の財政を豊かにしたのは富山の売薬の存在が大きかったと会場受けを狙った。
今、どんな準備をしているのか。テレ朝、米倉涼子を挙げながら、詳しくは話せないというが、視聴率が狙えるかどうかにかかっている。聴衆も圧倒的に女性が多いのは、女医、弁護士、派遣労働者など時代に深く切り込んだ視点で、何よりも面白く描き、女の生き方を変えていきたい。そんな中園の思いが伝わってくる気がする。25歳の息子はこの母親の背中を見て、育っている。どんな風に思っているのか、どんな生き方を選択しようとしているのか、聞いてみたい。