秋刀魚

 久しぶりに秋刀魚を焼いた。1匹250円、大根おろし用の大根150円。もう少し脂がのっていれば、と思ったが八十路にはこれで十分。秋刀魚と本格的に向き合ったのは60年前の学生時代。富山湾に面した新湊で育ったが、食卓で秋刀魚を見ることは無かった。太平洋の魚なので、輸送コストを考えると無理だったのだろう。東上線北池袋駅近くの下宿は1階の奥まった6畳で庭に面して、小さな台所が付いていた。近くのスーパーに秋刀魚が確か50円で2匹が無雑作に盛られていた。生協食堂の定食が130円の時代なので、安いと思わず買い求めた。台所のガスコンロで焼いたが、煙りや匂いで大家さんに叱られることもなかった。遊びに来ていた友人と一緒に秋刀魚を肴に、白米をかっ込んで満ち足りた気分になっていた。

 もうひとつの記憶が「男ありて 今日の夕餉に ひとり さんまを食ひて 涙をながす と」。ご存じ佐藤春夫の「秋刀魚の歌」だが、机の上に文庫の詩集があった。思春期の発達途上というか。甘味な憧れもあり、その頃、失恋をしていた。相手は武蔵野音楽大学生で、彼女は大学のある江古田に住んでいた。西武池袋線で送り、帰り道でひとり涙を流していた時、落ち込んだ心に佐藤春夫の詩が沁み込んでいった。後日、この詩の背後に、佐藤春夫と谷崎潤一郎の妻・千代との間に確執があったことを知った。

 秋にちなんで、もうひとつ挙げれば、高村光太郎の「秋の祈り」だ。東京で初めて迎える独りぼっちの秋、人恋しさもあったのだろう。「秋は喨喨と空に鳴り 空は水色 鳥が飛び 魂いななき 清浄の水こころに流れ こころ眼をあけ 童子となる」。これを秋晴れの日に、代々木公園を口ずさみながら、歩くのが好きだった。

 長い引用だが許されたい。「秋の日を浴びてわれは静かにありとある此を見る 地中の営みをみづから祝福し わが一生の道程を胸せまって思ひながめ 奮然としていのる いのる言葉を知らず」「涙いでて 光にうたれ 木の葉の散りしくを見 獣(けだもの)の嘻嘻として奔(わし)るを見 飛ぶ雲と風に吹かれる庭先の草とを見 かくの如き因果歴歴の律を見て こころは強い恩愛を感じ 又止みがたい責を思ひ 堪へがたく よろこびとさびしさとおそろしさとに跪(ひざまつ)く いのる言葉を知らず ただわれは空を仰いでいのる 空は水色 秋は喨喨と空に鳴る」。高村光太郎の語彙センスとリズムに唯々感じ入ってしまっていた。

 わが青春の甘酸っぱい思い出である。八十路の今、つくづくありがたいと思う。こうした回顧だけに浸るのも、高齢化現象のひとつといえるかもしれない。

 

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