リワークプログラム

 数少ない賀状だが、希望を書くことはできなかった。もうひとつ落し蓋のように、心をふさいだのは大阪・西梅田の放火殺人事件である。12月17日、25人が一酸化炭素中毒であっという間に逝ってしまった。これほど理不尽な死があろうか。止めを刺された気分であるが、多くが「リワークプログラム」を受けていた最中の出来事だったことを、敢えて救いと思いたい。リターン・トー・ワークの略で、うつ病で仕事が継続できなくなった人の職場復帰支援プログラム。程度の差を問わなければ、ほとんどの人間がそのリスクを抱えている。誰もが意識的にサポートをし、時にサポートを受ける立場にならなければ救いとはならない。これこそが全国民的な課題であり、リワーク活動の中にこそ、働き方改革の本質がある。そういえば、今年の春先にひょんなことで知り合った47歳の男性とお茶を重ねている。リワークのまねごとともいえるかもしれない。

 彼は医療機器の販売でトップセールスマンだった。ところが数年前から急に注文が取れなくなり、1000万円台だった年収が200万を切るようになった。眠れない日が続いていたある朝、ベッドから起きあがることができなかった。重症うつという診断で、即日精神科に入院となる。見舞いに来た義父がうつ病はやる気のない人間だという思い込みもあったのであろう。「このままだと娘も子供もこちらで引き取るから」と突き刺した。死んでしまいたいと、本気で思った。ここは担当医の的確な治療と手際の良さに救われた。仕事は続けられないとなったが、障害年金3級で月額45000円の支給を受け、知人の紹介で簡易な作業を日給7300円でさせてもらい、何とか子供ふたりを含めた生活が維持できている。表情は明るく前向きで、そんな障害を抱えているようにはみえない。もちろん、薬を欠かさないが、臨床心理士の資格を放送大学で取得したいとも思っている。しかし、対人関係で躓くことを極端に恐れる心理もあり、危うさと不安は大きい。つまり、リワークプログラムは誰にも生涯に渡って必要だということだ。

 「西梅田こころとからだのクリニック」のリワークプログラム現場を想像してみよう。約20人が車座になり、臨床心理士などがリード役となって進行する。個々人の現状を紹介したり、本人自らが語ったりして、こんな風に考えたらどうだろうと織り込んでいく。院長の西沢医師が常時いるわけではないが、彼の思いがみんなに共有されていることが大きいし、ベースになっている。

 厚生労働省の調査では、17年の精神疾患の患者は約348万人で、05年の1・3倍に増えた。最近ではコロナ禍で増えたという。総じていえば、誰しも予備軍といっていい。解決には膨大なリワーク場所が必要となるがそれは非現実的だ。現実的な解決策とは次のようなことだと思う。

 まず、閉塞感で息が詰まりそうな世相を変えなければならない。そして、心療内科医や臨床心理士などが町内会や企業などに出向き、うつ病の実態を語り、偏見を取り除こう。加えて、コロナ下でも伸びた企業に共通するのは、フラットでオープンな企業風土を持っていること。更にいえば、個人レベルではゆっくりお茶を飲む時間をもつことであろう。こうした社会的な認知行動療法が期せずして、リワークプログラムになる。

 新年はそんな取り組みを、心療内科医もどき、臨床心理士もどきになってやっていきましょう。どうか、いい年を!

 

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