法律事務所から、新しいスタッフが加わると案内状が届く。その経歴を見て、いつもため息をつく。2月10日に届いたものを紹介してみる。
昭和38年生まれ。東京大学理学部物理学科を首席で卒業。同大学大学院理学系研究科物理学専門課程に入学。同博士課程を中退し、同大学法学部に学士入学、同卒業。
東大大学院にて素粒子論・場の理論を研究してきましたが、これを極めたところで法学部に転進し、弁護士になったというユニークな経歴をもった弁護士です。独禁法の第一人者である菊地元一先生の下で理論と実務を学んできました。今般同先生の強いご推挙により、本年1月1日付で独禁法部門のエキスパート・パートナーに就任しました。
なにしろ、物理と法律を極めた43歳。どんな人物をイメージしようか、ちょっと思いつかない。高校同期で大阪大学医学部にはいった友人がこんなことをいっていた。「記憶力だけでやっとの思いで入学したが、トップクラスの奴らは想像もつかない能力をもっているんだ。それを思い知らされた時は凄いショックだった。とても敵わないと、上を目指すのをあきらめた」。
紹介状にエキスパート・パートナーとあるが、その理解は間違っていた。波頭亮(はとう・りょう)の「プロフェッショナル原論」(ちくま新書)を読んではっきりした。
プロフェッショナルの定義だが、「高度な知識と技術によってクライアントの依頼事項をかなえるインディペンデントな職業」となる。相手はお客ではなく、依頼人であるということ。仕事が選べるのだ、それだからこそ自立した職業ともいえるのである。帰属する組織にしばられないという意味では自由だ。しかし、この自由も自立も、最高の解決策を見出す必要上から、保証されているといっていい。更に、公益にのみ奉仕することが求められ、厳しい掟も背負わなければならない。医学の父である“ヒポクラテスの誓い”に代表される、患者の利益を第一とする、奴隷を差別しない、患者の秘密を守るなどである。したがって、イチローや松坂はプロではあるが、プロフェッショナルはないということになる。
その組織だが、横断的には協会(association)だが、個別にはファーム(firm)である。弁護士事務所であればローファーム、会計事務所であればアカウンティングファーム、コンサルタント事務所であればコンサルティングファームと呼ぶ。そして組織形態としてパートナー制をとる。複数のプロフェッショナルが資本を出し合って事務所を設立し、運営はパートナー達の合議制による。
先の物理を極めた弁護士は、その法律事務所の出資者兼意思決定者であるパートナーになったということ。パートナーの他に、アソシエイトとジュニアという職階がある。パートナーとアソシエイトはプロフェッショナルだが、ジュニアは見習いといっていい。仕事場の雰囲気は自由で伸びやかだが、反面厳しいアップ・オア・アウト(up or out)のルールがある。昇進するか、さもなくば去れという意味。ジュニアは入社後5年以内にアソシエイトに昇格できなければ退社、アソシエイトになって遅くとも10年以内にパートナーに昇格できなければ退社というルールだ。
その仕事ぶりだが、波頭のコンサルティングファームでは、週に1日、2日の徹夜は当たり前。土、日が丸々休めることなどありえない。通常1週間の睡眠時間は平均で30時間という。法律事務所でも同じだろう。大型M&A案件では、何百ページに及ぶ契約書のチェックや、膨大な証拠資料の準備を日本語と英語の両方でやらなければならないのだ。
客に頭を下げなくてもいい。威張り散らす上司に追従しなくていい。とにかく自由だ、自立だと、プロフェッショナルを思い描いてみたが、楽ではないのである。
プロフェッショナル
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