偽メール問題で勝ち誇ったようにはしゃぐ武部自民党幹事長が、この問題も深刻に考えるなと大きな図体で立ちはだかっているように見える。吉野文六・元外務省アメリカ局長の証言である。「西山記者は正しい。日本が肩代わりをしたんです」と87歳があっさり認めた。これこそ、日本の外交を根本から見直す契機としなければならない。
72年沖縄返還協定は、国会審議で密約を巡って混乱を極めていた。密約とは、基地化した沖縄の土地をアメリカが原状回復する費用を自発的に支払うと定めているが、この費用を日本が肩代わり支出するというもの。もらうべき額を自分で払うのだから、税金を2倍使うことだ。毎日新聞の西山太吉が外務省女性職員・蓮見喜久子から肩代わりを指示する秘密電信文を入手し、横路孝弘当時の社会党議員が国会で追及。佐藤内閣をあと一歩のところまで追い込んだ。ところが電信文入手にあたり、西山と蓮見が情を通じていたからと、国家機密漏洩と、これをそそのかしたとして両人が逮捕された。世論、マスコミ論調が一変して、本質論をそっちのけにして倫理問題にすりかわってしまった。どうしようもないわが国の性癖である。米軍の基地使用の自由と基地維持経費の肩代わりという沖縄返還の本質を何ら明らかにすることなく終わった。この延長線上に米軍への“思いやり予算”があるといっていい。78年当初62億円だったのが、2400億円までに拡大し、外務省も明らかにしているが、05年まで12兆9600億円に達している。あろう事か、今度は沖縄海兵隊のグアム移転費用まで負担しようとしている。
西山も含めて、誰もが沖縄返還を阻止しようとしていたのではない。肩代わり密約を明らかにしても、この際返還を優先させようとの思いだった。結果はどうか。権力側の全面勝利に終わった。佐藤栄作はノーベル平和賞まで懐にするが、一方で国家公務員もマスコミも過剰なまでに怖気づいてしまった。官邸も外務省も河野洋平も、吉野発言を前にしても密約はなかったとうそぶいている。権力とは何をすべきか、「知らしむべからず、よらしむべし」と今更ながら悟ったようだ。その結果、薄っぺらな政治がいまに続いている。
ところが1月21日那覇市で沖縄タイムスが、米軍再編について考えるシンポジウムを開いた。あの西山太吉が講演している。中国、北朝鮮への脅威を煽りつつ米軍の抑止力に依存するということは、米軍に対する自衛隊の“下請化”“部品化”に他ならない。沖縄返還時の欺瞞が今に続いていると断じている。本人は昨年、国を相手取って名誉回復の提訴をしかけた。注目していこう。そして討論のコーディネーターを努めたのが元「噂の真相」の岡留安則という。いまは、沖縄からしか真実が見えてこないようだ。
この問題で澤地久恵が好著「密約」を書き上げた。出版社の助手契約を打ち切られ、フリーとなった最初の仕事である。読み返して、蓮見被告への目が厳しい。「肉体関係なんて洗えば落ちる」と沖縄に語らせ、男女関係にひたすら矮小化する権力に立ち向かう女性であってほしいと念じている。
さて、前回に続いての茨木のり子である。ぜひ、知ってほしい。
「あの人も逝ったのか」と一瞬、たったの一瞬思い出してくださればそれで十分でございます。あなたさまから頂いた長年にわたるあたたかなおつきあいは、見えざる宝石のように、私の胸にしまわれ、光芒を放ち、私の人生をどれほど豊かにして下さいましたことか・・。
生前に書かれた“死亡通知”が関係者に送付された。準備されていた手紙は死亡の日付と死因が空欄になっており、発見者でもある甥の宮崎治夫妻が頼まれていた。身内だけでひっそりと荼毘にふし、1ヶ月後に発送してほしいが希望だった。
「このたび私06年2月17日クモ膜下出血にて この世をおさらばすることになりました。これは生前に書き置くものです。私の意志で、葬儀・お別れ会は何もいたしません。この家も当分の間、無人となりますゆえ、弔慰の品はお花を含め、一切お送りくださいませんように。返送の無礼を重ねるだけと存じますので」。(読売新聞3月17日朝刊から)
かく逝きたいものである。
密約
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