ケンチャナヨ

韓国人は相手が何か粗相をした時には「ケンチャナヨ」(心配しなくても大丈夫ですよ)と語りかけてくれる。不安で自信なさそうな表情をしている時にも、問題ないですよと寛容ぶって使用することが多い。プラスな面もあるが、いい加減さが許されるとして、工事の手抜きなど命に関わるミスなどもたびたび起こしてしまう。韓国人は本質的に人がいいのだと思ってもらっていい。ところが従軍慰安婦問題では、全くそんな性格が反対に出てしまう。誠実な態度で真摯に謝ってもらえれば「ケンチャナヨ」で済ませたい。それなのに強制性がないとか、他国でもよくあることとか、とかく弁解がましく、賢しらな物いいが癇に障ってくる。「いつでも対話のドアが開かれています」と聞くと、何様のつもりだ、もう建前論でやるしかないとなってしまう。今ソウルで最も若者たちが最も集まるという弘益大学近くの焼肉屋で、メッチュ(ビール)を呑みながらの政治談議を楽しんだ。
 5月12日、仁川空港で関西からやってくる友人と待ち合わせた。賀状で妻がソウルに里帰りをするので一緒にどうか、という誘いを受けて二つ返事で決めた韓国旅行である。友人の奥さんは韓国籍で、宿泊したマリーゴールドホテル近辺で育っている。焼肉屋には奥さんの友人2人も同席して、ハングルと日本語と英語を交えての本音トークで、ちょっとした井戸端外交となって理解が進んだ。ロッテホテルでは、日韓経済人会議が行われていたが、最近の米倉、榊原と続く経団連会長には落胆することが多い。安倍首相に物申すと、政治をむしろリードする形がもっとあっていい。というわけで、今回は明洞、仁寺洞などの定番観光ではなく、手作りメニューである。
 ケンチャナヨ精神を最も感じたのは、新幹線KTXに乗って全州まで出かけた時である。竜山駅に着くとすぐにホームに行き、列車が入るとスマホで予約した席に座るだけである。全州駅に着くとそのままタクシー乗り場にすたすたと歩いていく。キップを買って、改札口を通り、乗車してからも検札があるという日本の常識からすると、どうなっているのかとなる。不正乗車はどうするのか、ダブルブッキングの場合はどうなるのか、スマホに通じない老人はどうなるのか、と矢継ぎ早の質問をしながら、日本がとても遅れているのではないかと思い始めた。ヨーロッパでもこの方式が主流らしい。人間を性悪説で見るか、性善なるものか、でチェックコストが随分と違ってくる。不正乗車には大きなペナルティを課すことで十分ではないですか、といわれると、新幹線の料金は日本の半分くらい安いこともあり、ここは軍配を韓国にあげたい。
 ソウルで感じたことは、想像以上のネット社会であることだ。すべてがスマホで始まり、予約支払いとすべて手の中の小さなもので完結する。これだけの利便を享受しながら、北との緊張を考え、徴兵制というものを社会として組み込まざるを得ない複雑な政治方程式を真剣に考えるのは厳しい。統一というワードを出すと、途端に口が重くなる。私見ながら、南北統一に日本がどのような態度を示すか、日本人の尊厳は問われることになる。日韓関係は絶えず統一という問題意識を共有しながら、進めていくべきである。世界から日本人のノブレス・オブリージュこそ問われる時が早晩やってくることは間違いない。
 そうした意味ではこのアベクンの退行政治、とりわけ退行教育は許されないのだが、何とも歯がゆいとしかいいようがない。北朝鮮の崩壊はオバマも言及しており、意外に早いかもしれない。日韓でこれらの問題を忌憚なく話し合える政治家を育てなければならない。ケンチャナヨといいたいところだが。

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