ひとりでこつこつ不動産業を営む旧知の友人とお茶を飲んだ。がらんとした富山空港2階の喫茶店。客はわれわれ二人だけ、広い土産物売り場も受け持つ店員がコーヒーを出してくれる。テナントはすべて休業していて、掃除と警備を請け負っているホクタテのスタッフが行き来する。コロナ禍を象徴する施設であるが、それとは裏腹に、話題は元気が出るものとなった。
先日、富山県内でカレーショップ5店を営むインド人経営者から、インド人スタッフの宿舎を探してほしいとの依頼を受けた。やはり外国人入居の壁は厚かったが、入居率を保証している大手は背に腹は代えられないと対応してくれた。偏見の壁も市場原理で超えられるという証左だ。このインド人経営者はカルカッタ出身の45歳前後で、日本在住15年。彼を見ていると、日本人のひ弱さが際立つ。コロナ禍で売り上げが落ち始めるとすぐにテークアウトを低価格で充実させ、何とキッチンカーを用意した。富山大学構内で営業を始め、500円の弁当を100個完売している。思い付いたものをすぐにやる。やってみなはれの商人根性であるが、スタッフの待遇にも伝承されてきた不文律が感じられる。アパートを借りる際にそれぞれの所得を明示する必要があったので、見てみると全員同額であった。約1787万人といわれる世界最大の移民送り出し国インドの知恵でもある。
朝日新聞7月4日別刷グローブはインド特集であった。カオスが生むインドの才能は、移民の国アメリカの政治経済に欠かせない存在となっている。グーグルCEOピチャイ、女性副大統領カマラ・ハリスが代表といえるが、彼らはひとにぎり。移民の大半は建設作業員や運転手、店員、メイドである。玉石混交というが、少数の玉は大多数の石があるから、生み出されるといっていい。スティーブ・ジョブスはアップルを創立する2年前にインドのヒンズー教寺院を訪れている。「インドの田舎にいる人々の直感は世界一発達している。直感は知力よりパワフルだ。この認識は僕の仕事に大きい影響を与えてきた」。世の中には自分でできるものは何もなく、人は見えない大きな力のよって生かされている。人と出会えたことに感謝し、そこに導いてくれる大きな力に謙虚である。それはヒンズー教という教義だけでなく、暇さえあれば電話をかけ、見知らぬ人にもどんどん話しかけるインドの大衆たち。つまり神と、生まれ育った家族、コミュニティに直感を育てる源泉がある。
高校生の孫に、インド人が世界で活躍できるのは英語と数学をマスターしているからだと伝えると、こう返ってきた。英語はインドでは準公用語であり、アメリカとの時差12時間はSNS上では、米印で連携すれば24時間休みなく仕事ができる。知ったかぶりするのではない、と。孫よ、インド工科大学を目指せと返信した。
さて、老人のしみじみなる述懐である。もう国家を超えようとしている世界や若者が存在している。遅れているのは偏狭な既得権にしがみつく政治だ。オリンピックの虚像も剥げ落ちてしまった。3兆円はどぶに捨てたも同然だが、この結果責任はアベクンに取ってもらわねばならない。そしてワクチン2回目を打ち終わった世代は、退場するだけだ。安楽死法を団塊世代の総意として認めさせ、最後の社会貢献として、居酒屋売り上げに協力することだ。ガンジス河に身をゆだねるのもいい。