認知症の母は最期まで般若心経をそらんじることができた。鉛筆書きでの写経を日課にしていた時期もあり、海馬にすりこませたのであろうか。夫婦で入居していた施設のベッドに正座して夫婦で唱えることもあった。わずか262文字の呪文のような経典が生命力を引き出していたのである。砺波市庄東地区に般若、東般若という地域がある。般若野荘からの由来とすれば、平安仏教の名残ともいえる。般若という姓も多い。そもそも般若とは何を意味しているのか。そんな思いに駆られたのである。
書棚から引っ張り出してきたのは「生きて死ぬ智慧」(小学館)。分子生物学者・柳澤桂子の訳に、画家の堀文子が絵を添え、リービ英雄が英訳している。04年の出版だから10年前で、鬱屈した世相に救いの光を求めようとベストセラーに入っていた。加えて昨秋発行の季刊みやびブックレットが「般若心経を繙こう」を特集した。
柳澤の訳に通底するのはこれである。「私たちは原子からできています。原子は動き回っているために、この物質の世界が成り立っているのです。この宇宙を原子のレベルで見てみましょう。私のいるところは少し原子のレベルが高いかも知れません。あなたのいるところも高いでしょう。戸棚のところも原子が蜜に存在するでしょう。これが宇宙を一元的に見たときの景色です。一面の原子が飛び交っている空間の中に、ところどころ原子が蜜に存在するところがあるだけです。
あなたもありません。私もありません。けれどもそれはそこに存在するのです。物も原子の濃淡でしかありませんから、それにとらわれることもありません。一元的な世界こそ真理で、私たちは錯覚を起こしているのです」。
彼女は38年の生まれで、お茶の水を出て、コロンビア大学で学び、慶応の分子生物学教室に助手として入っている。研究が軌道に乗った69年に難病が彼女を襲った。嘔吐、頭痛、めまい、傾眠が続くが、医師は心因性というだけでどうしていいかわからない。30年も経てようやく金沢大学の佐藤保が「周期性嘔吐症候群」と診断、抗うつ剤がよく効くとわかり、ようやく解放された。ところが更に狭心症がひどくなる。そんな苦行の末にたどりついた訳である。「お聞きなさい 形のあるもの いいかえれば物質的存在を 私たちは現象としてとらえているのですが 現象というものは 時々刻々変化するものであって 変化しない実体というものはありません 実体がないからこそ 形がつくれるのです 実体がなくて 変化するからこそ 物質であることができるのです」。人間も物質から生まれた原子が多少密なる形に過ぎないことを悟り切るのである。
作家の三田誠弘はブックレットでこういう。仏教では悟りの境地に到達するために6つの努力目標を掲げる。所有欲をなくし(布施)、戒律を守り(持戒)、屈辱に耐え(忍辱・にんにく)、怠らず努力し(精進)、座禅を組んで瞑想に耽る(禅定)、この五つに加えて「般若」となる。これが説明できない。言葉にならない智慧であり、秘密の鍵みたいなものだが、これがなければ悟りに到達できない。玄奘三蔵法師が孫悟空を連れてインドまで訪れたのは「大般若経」を手に入れるためで、玄奘がこの大経典を可能な限り切りつめて漢訳したのが般若心経である。意味など考えずに、ひたすら無心に唱え続けるしかなく、それこそが般若の心髄だとのたまう。
そこでだが、日中韓の仏教徒会議を提唱したい。いかに空疎な領土領国紛争にのめりこんでいるのか。それを明らかにして、三国そろっての「般若心経平和宣言」を出すべきである。特にアベクンは座禅を組んだというが、まず布施の段階からわかっていない。国民のためにつまらぬ我執を捨てて、屈辱に耐えることである。
般若心経
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