精神科医にして作家というのは珍しくない。なだいなだ、加賀乙彦、北杜夫などだが、患者予備軍でもある読者に語り掛けているようでもある。「ネガティブ・ケイパビリティ」は朝日新聞出版が17年4月に刊行している。意味は精神科に属する医療行為のひとつで、容易に答えの出ない事態に耐える力。実践となるとなかなか難しい。この反対に属するポジティブ・ケイパビリティといえば、私たちはいつも念頭に置いて必死で求めている解決法や処理法であるが、簡単に得られるそれは、得てして表層の問題のみを捉えて、深層にある本当の問題は浮上せず、真の解決策を取り逃がしている場合が多い。おなじ精神科医で作家でもある帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)が、この行為の中心をなす「共感する」が自分を支えてきたと書き綴った。
帚木蓬生との出会いは小説「三たびの海峡」。日本人が書いておくべき義務がある、という力作だった。映画化もされていて、内容はこうだ。昭和18年の秋、まるで野良犬を捕獲するように日本に強制連行された17歳の青年が主人公。牛馬に等しい炭鉱労働を強いられる。思い詰めての逃亡には凄惨なリンチ、そして巧妙な懐柔策に裏切る同胞、極限の暴力状況において、どこまでも堕ちていく人間を描いている。海峡三たびとは、強制連行、戦後解放されての帰国、最後はどうしても許せないと日本人労務責任者と裏切った同胞を殺すための渡峡、を指す。帚木は福岡で生まれ、東大文に進むも、どうしても医療と九大医学部に入り直し、福岡県中間市でメンタルクリニックを開業している。釜山―博多間はまさに指呼の間といっていい。郷土への深い歴史認識が作品の根底をなしている。先日亡くなった葉室麟も福岡への思いは強かったが、歴史上の様々なつながりを澄んだ眼で、深くとらえ直していかねばならない。
ネガティブ・ケイパビリティもこの深さがポイントである。もともとは英国の詩人ジョン・キーツがシェイクスピアこそこの能力の保持者であるとして、名付けた。オセロでの嫉妬、マクベスでの野心、リア王での忘恩、そしてハムレットでの自己疑惑は、この能力の裏付けがあって初めて、それぞれの深い情念が描き出せた。時を経て70年、精神科の権威・ビオンは、キーツの手紙に埋もれていたこの語に、新たな意義を与えて再生させる。理論をあてはめて診断してはならない、結論を急がず、患者と向き合い、疑問はそのまま持ちこたえて、真の治療を施そう。精神分析医にも文学者と同じく、困難な事態に耐え続ける力が必要だと説いた。帚木は精神科医になって6年目に、ビオンの論考に出合う。一時はビオンと同じ急性骨髄性白血病を患ったが、命の恩人のような言葉に支えられて臨床医、小説家の仕事をやり遂げてきた。
最近緩和ケアでは、精神科医の役割が強く求められるようになった。しかし、マニュアルは存在しない。死に対する不安は正常な不安であり、百人百様だ。拙速な帳尻合わせは通用しない、宙ぶらりんの解決できない状況を、不思議と思う気持ちを忘れずに、持ちこたえいく力がここでこそ求められる。精神科医が患者の処方できる最大の薬は医師の持つ人格ということになる。
さて、気がかりなことがある。3月下旬に駐米大使となる杉山晋輔外務事務次官が慰安婦問題で、米国内で相次ぐ少女像の設置に関し、全米各地をできるだけ早く訪れ、私の口から日本政府の考え(最終的かつ不可逆的な合意)を説明したいと述べたことだ。心ある米国人には全く論外にしか聞こえないだろう。サンフランシスコと大阪市が友好都市契約をこの問題で解消したことも同じだが、国際的には馬鹿げた判断と相手にされていない。この少女像が日本の誇りを傷つけていると思うのは人権感覚がずれているからで、駐米大使はこのずれを全米で振りまくのか、と思うと実に情けない。日本の人権レベルが疑われる。ネガティブ・ケイパビリティの深さを求めているのは日本のあらゆる分野ということになる。
教育も然り。マニュアル化で失敗を回避し、浅い理解にとどめて効率を追い求める教育法は、結局は、子どもや若者の能力を断ち切るだけ。謎を持たせたまま興味を膨らませ、その先の発展的な理解、達成にまで導くために、出口の見えない状況に耐え続ける「寛容」の大切さも、本書は強く説く。不寛容の先にあるのが戦争ということも。
さらにもうひとつ。カジノ法案成立の前に、帚木のギャンブル依存症との戦いをぜひ、読んで欲しい。ギャンブル地獄の凄惨さは言語に絶する。
案内です。2月20日午後2時から3時30分、文苑堂豊田店の多目的室で「ワンコイン読書交流サロン」を開きます。テーマは「茨木のり子の生き方と逝き方」。参加費500円。どなたでも参加できます。都合よければぜひ!