おとなになってから、老人になってから、あなたを支えてくれるのは子ども時代の「あなた」です。「ノンちゃん雲に乗る」を書いた児童文学者・石井桃子の言葉だが、含蓄があって、79歳に深く沁みとおる。
9月28日夕方NHKの「拝啓十五の君へ 離島の中学生とアンジェラ」につい見入ってしまった。09年放送の再放送だが、長崎県五島列島の中学生たちが全国学校音楽コンクールに挑戦するドキュメンタリー。金賞を取れば県代表となって、九州大会に出場できる。女子だけでスタートしていた合唱部だが、男子が転がり込む。ふざけて真面目にやらない男子にいら立つ主将。顧問の音楽教師も、女声だけなら何とかなるが、と思い悩む。いつしかコーラスの魅力を感じる男子も現れ、やはり混声で出場しようと決める。教師から発破も掛けられ、ある時からチームらしくなる。課題曲は「手紙」で、作詞・作曲をしたのがアンジェラ・アキ。東京から7時間掛けて、この若松中学を訪問する。ジーンズ姿のアキを囲み、車座となって「15歳から大人へ宛てた手紙」「大人から15歳へ宛てた手紙」について語り合う。15歳の感性が弾きあふれ出す感じで、ジーンときた。歌詞の深い意味が理解して、初めて深い歌声になるのだ。
合唱界をリードしてきた田中信昭が指揮する東京混声合唱団の「赤トンボ」のステージを見ていると、声が響き合う心地よさに酔うことができる。また、全国学校音楽コンクールの放映も見飽きることはない。
高校時代のガールフレンドが、速星中学時代の合唱のことを熱っぽく語っていたことを思い出した。彼女は津田塾大に進み、菅直人夫人とも同期だったが、今ではおばあちゃん役もこなしている。そんな彼女の人生にもピンチの時があった。しかし、あの時の合唱の感動が救ってくれたと語る。
人生の支えとなる15歳の出来事とは、ブレークスルーする経験だと思う。亡妻には「あんたは合唱より、詩吟の方がいい」と音痴ぶりを酷評されて、当然音楽でブレークスルーすることはない。強いていえば、少年野球の町内対抗戦で優勝に導いた時だ。ストライクが入らないノーコンピッチャーだったが、試合当日のマウンドに上がるとビシビシと決まって、4試合完封した。投げてよし、打ってよしと見違える活躍に自分でも驚いた。投球練習を積み重ねていたが、急にコツがつかめたのだ。どうしてか自分でもわからない。
五島列島の音楽教師は、このへき地の中学生に歌の喜びを必死に伝えようと体ごとぶつかっている。男子部員は嫌だったら、辞めればいいとも思っている。損得ではなく、まして強制できるものではない。そんな関係だからこそ、ブレークスルーが起きるのである。コンクールは銀賞に終わるけれど、男子生徒たちは音楽教師に心からの感謝を伝え、教師は涙を流し続ける。当時の主将は保母の資格を取得するために苦労を重ねるが、あの時の経験が支えていると頑張っている。
さて、あなたに、子ども時代の「あなた」が何を語っているのだろうか。できれば、子ども達におとなになってから、老人になってから、彼らを支える記憶となる経験をさせてやりたい。切に思う。