フクシマとオキナワ

悩める福島県知事は、進まぬ復旧に業を煮やして記者会見を開いた。「先ほど沖縄県知事に電話で、普天間の移設を福島で引き受けると伝えました。放射能で汚染された不毛の地を提供します。辺野古への移設費用を福島に転用してもらうことで、その財源を自主的に復旧予算として使うことにします。一石二鳥か、一石二悪かわからないが、こうした解決策しか思い浮かびませんでした。再び住めるようになった時点で、米軍基地を返還してもらう契約です。また、原発問題で見せてくれた在日米軍の水際立った放射能への危機回避能力を、今後の原発処理にも協力してもらえたらありがたいと思っています。これから首相官邸に行くつもりです」。政府にも、東電にも、そして自分にもイライラがつのっていたのだが、吹っ切れたような堂々の記者会見であった。知事乱心か、と周囲の県官僚は顔を青ざめさせて見守るだけだった。
 寝苦しい熱帯夜の中、うとうとしながらの夢である。目覚めても、このくらいの大芝居を打つ気魄がなければ解決しないと妙に納得したりしていた。
 伏線はあった。トモダチ作戦を論じた琉球新報の3月21日社説である。「効果的な人道支援を行なうのに、国境や官民、軍の立場の違いなどいっている場合ではない。しかし、ここぞとばかりに軍の貢献を宣伝するとは、どういう神経なのか。東日本大震災への米軍の災害支援を絡めて、在日米軍が普天間飛行場の“地理的優位性”や在沖海兵隊の存在意義などをアピールしている。(中略)はっきりさせよう。米軍がどのようなレトリックを使おうとも、県民を危険にさらす普天間飛行場やその代替施設は沖縄にいらない」。
東日本大震災が沖縄の基地問題を等閑視してしまうというより、想定外の時には在日米軍が頼りになるのだと積極的にその存在を肯定してしまうのではないかという恐れである。
 福島県知事の奇抜な提案は夢であれ、その虚を衝いている。米軍が承諾するわけもないが、放射能汚染の中でも、極東の平和を守るなんてことはあり得ない。なぜ、沖縄電力が原発をもっていないのかまで勘ぐりたくなる。基地と原発、誰しも必要不可欠というが引き受け手がなく、いつも辺境に地域振興名目の迷惑料を支払うからと押し付けられてきた。
 アメリカは、世界で最も多い104基の原発を保有しているが、スリーマイル事故以来新規稼動はない状況である。ネバタ州ヤッカマウンテンに使用済み核燃料の最終処分場を構想しているが、オバマは新たな処分方法を超党派の賢人会議に諮問しているという。それへの影響に加えて、原発テロへの警戒心は、9.11を経験しているだけにわれわれの想像をはるかに超える強さである。燃料プールを持つ福島4号機への異常に強い関心もそんなところからきている。恐らく戦後の米進駐軍のように、現在の原発収束に対して、多くの専門家を送り込み、最新鋭の米国機材も投入し、どちらが主人公か分からないほどに会議を主導し、指揮を連発していると思われる。福島をアメリカの格好の教材にするほどに、あらゆるデータ、ノウハウを吸収しているのではないかと疑ってもいい。もともとは米国GE製である。損害賠償を少しは申し立てていいのでは、と思われるが、押しいただくように傲岸な指揮のもとに、疑念はあっても目をつぶって作られたのに相違ない。
 フクシマとオキナワ。こうして考えると、5月4日朝日新聞がウィキリークスを分析して報じた外務省官僚の言葉が妙に生々しく思い出される。「あまり現政権に過度に妥協的であるべきでない」「愚かであり、やがて彼らも学ぶだろう」。日本の税金を食みながら、米国利益に忠実であることが保身につながるという卑屈さだ。原子力村もあれば、日米村もあり、ということに他ならない。これが戦後ずっと続いている。

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