6者協議が動き出した。ヒル国務次官補が、めまぐるしく北京、平壌、ソウル、東京を駆け巡った。北朝鮮の核放棄をテコに大きく動き出す気配である。拉致問題解決なくして、一歩も動かないとする日本の立場は一体どうなるのか。
23日、久しぶりで魚津・森の夢市民大学に出かけた。講師は野中広務で、「今、日本を憂う」と題して、引退したが、憂国の士然として相変わらずの舌鋒であった。小泉改革の虚妄なることははっきりしたと、高速道路公団改革がなし崩しだし、郵政民営化も然りといって、02年9月17日の小泉訪朝に言及した。
なぜ、唐突に訪朝が実現したのか。一番不思議に思えるのが、水も、食事も持参して、しかも絶対に泊まらない、日帰り交渉だとしたことだ。外交は信頼関係で成り立つ、まして儒教道徳が支配する国に出向いて、礼を失すること甚だしい。毒が入っているかもしれないし、盗聴されるかもしれないから、とあからさまにいっているようなもの。とても外交の常識を逸している。そんな状態の中で、あの金正日が拉致を告白し、謝罪までして、日朝平壌宣言にまで調印したのか。その理由は何か。おそらく10兆円規模の無償の経済協力と、それを超える有償の借款が秘密裏に伝えられていたのではないか。そうとしか思えない、というもの。
ここまで聞いた時、思い出したのが姜尚中(カン・サンジュン)の「増補版 日朝関係の克服」(集英社新書)。彼は指摘する。金正日国防委員長は、「先軍政治」の「正規軍国家」内では、「事実上の首領」として、法と制度に縛られない超越的存在である。その国防委員長が「告白」「謝罪」したということは、対外的には、国家のメンツを棄ててまで、日朝正常化交渉の再開にすべてを賭けたことになる。これを見誤って、一旦帰国した家族を送り返さないと、当初の約束を破ってしまったのが日本。誇り高い北朝鮮のメンツはつぶされてしまい、問題をよりこじらせてしまった。この責任は重い。
にもかかわらず、交渉の途絶を毅然とした態度と評価し、外交の機能不全を、原則を曲げない久々の快挙とした。その結果、首相選出でも、福田か、安倍かの大きな分岐点ともなってしまった。覆水盆に帰らず、だが、再び過ちを犯してはならない。
この姜尚中、6者協議の行方を理解する上での、貴重なガイドといっていい。彼は50年熊本生まれ。在日コリアン二世で、東京大学情報学環教授だ。東京新聞(23日付け)のインタビューで答えている。2010年は、日韓併合から100年、朝鮮戦争から60年、あと3年は前を向いて走る、と覚悟を語る。東大駒場キャンパスの彼の講義に、1000人に近い学生が登録し、通常の教室では収まり切れず、講堂を使っている。そんな話を聞くと、日本の若者も満更でもないと思えてくる。いま問題は、北朝鮮敵視の暴論におもねるようなメディアである。
さて、「永遠の現在」である。姜尚中はいう。日本人の歴史認識の鈍さを、鈍さを装う狡さを、薄汚さを、決して声高ではないが指摘する。朝鮮戦争で双方400万人の死者を出し、100万人の離散家族をかかえている。この民族相残の凄惨な内戦で潤ったのは、一体どこの国だったのか。敗戦国が分断されず、占領という塗炭の苦しみから解放されると思った国が分断された。その同じ民族が米ソの代理戦争を強いられているさ中に、それに乗じる形で、経済復興と特需を手に入れて、にやりとしているのは、どこの国だ。
胸に手をあてて、思い返してみたい。朝鮮戦争の過程で、かっての植民地であった韓国・北朝鮮や、朝鮮民族に対して同情心が向けることはほとんどなかった。自分達だけが平和であればよいという意識、東北アジア地域の運命に対する無関心、さらには横田基地からB29が飛び立って、北朝鮮を空襲、空爆していたことに気づかずに終わる精神構造。過去に真摯に向き合わず、未来への想像力もなく、永遠の現在を生きる民らしい。恥ずかしい国である。安倍首相は沖縄でも、歴史検証は歴史家に任せるといって逃げ帰った。
「永遠の現在」
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