医療費と教育費はすべて無償、全額国庫負担という荒療治でしか、荒む日本を救う手立てはないのかもしれない。先日、慶応大学湘南藤沢キャンパスの某教授と飲む機会があった。学生のおよそ1割がいつの間にか引き篭もって、教室に顔を見せなくなり、その内に消えてしまう、というのだ。高齢者福祉も大事ですが、若者が心を壊していく方がもっと深刻なのではないですか。そう問われて、日本全体がどうしようもないところに追い込まれているのだと実感した。小さな彌縫策では、ますます混迷するだけで何らの解決策にならない。ちょっとしたきっかけで滑り落ちれば、誰でも自死にしか行き着かない。戦後60余年の敗北を認めて、誰にでもわかる大きなセーフティネットが差し迫って必要なのだ。すべてに優先してこの実現を求めていこう。
そこで登場願うのは、遠く中南米カリブの海に浮かぶ島。季刊誌「ひとりから」(?38)がそのキューバを特集している。原田奈翁雄と金住典子の両編集人が、キューバ医療福祉視察旅行に同行した。
さあ、医療費と教育費無償のキューバだ。人口は1200万人、59年に革命によってアメリカから独立、金持ちはほとんどアメリカに移住した。というより追い出して、貧乏人だけが残った。一人当たり国民生産は日本の10分の1で、アメリカのキューバ憎しは度を超し、北朝鮮と並んでテロ支援国家とし、過度の経済封鎖は今に続く。最大の支援国だったソ連が崩壊し、最大の経済危機を迎えたりした。それでも負けないのは「命令と強制が何より嫌い」と「貧しさを分かち合える」ラテン気質によるところが多い。といって素晴らしい発展もしない。そんな国を選び取ったのだ。マイナスも含めて選び取る、という覚悟が再生モデルのポイントだといいたい。
「世界がキューバ医療を手本にするわけ」という本まで出ているが、理念を粘り強く実行に移している。革命当時6千人いた医師の半分以上が国外に亡命したが、まず無医村をなくすために地方に診療所をつくり、残った少ない医師を配置した。医科大学を増やし、貧しく教育を受ける機会のなかった優秀な学生を、学費、生活費を無料で育てた。現在、地域医療に3万5千人、病院や研究に1万人、海外医療支援に2万人と7万人以上の医師が活躍している。世界の無医村から医師の夢を持つ学生1万5千人も、無償で引き受けている。それは設備や薬品が不十分な地域でも役立つ医療教育で、永年国際医療支援活動で培ってきたノウハウを生かしたものだ。そして驚くのは、医師の賃金である。月300ドルで、農夫や踊り子よりも安い。それではすぐに米国に亡命してもよさそうだが、亡命するのは年間数十人しかいないという。医師でもあったチェ・ゲバラの思いがここまで育ててきたのかとも思う。
農業でも、石油輸入が閉ざされていた時に、有機農業を育て上げ、食糧受給率を90%まで回復させている。困難を逆手にとり、カストロのいう「今日の夢はかならずや未来の現実となる」を実践している。
さて、この医療教育の無償化プログラムだが、先進特区として、気候風土の似ている沖縄から始めたい。予算は防衛予算から回すのだが、その前にその地域だけの大増税を行う。所得税の累進は復活し、医療保険なども税金となるし、考えられるものはすべてそこに投入していく。次は北海道だが、札幌までの新幹線計画は断念してもらうのが条件だ。こうして先進特区では、徹底して行政能力が試され、その評価は全国の自治体が行う。次なる実施自治体はその教訓を生かしていく。そうして20年以上かけて、創造的なプログラムを開発していけばどうだろう。原田奈翁雄は防衛関連予算約5兆円を削減し、半分はこの福祉に割り当て、後の半分は日朝国交正常化のために使うべきだとしている。かなり波長が合う部分である。
「ひとりから」は?40で閉刊を決めている。一貫して「対等なまなざし」を求めての活動だった。上下優劣意識を徹底的に克服していこうとする金住と、人間の尊厳を感得し、生き、創造したいとする原田。このふたりの思いが心地よく響き、届くのが待たれる雑誌であった。
キューバ
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