武井保雄。日本で一番金持ちといえばこの人であろう。恐らく数千億円の規模か、ひょっとするともう一桁上の単位かもしれない。ご存じ消費者金融のトップをいく武富士の会長。1930年生まれだから73歳か。しかし彼の欲望は飽くことがない。1966年、36歳のときに東京板橋区に富士商事を設立する。いわゆる団地金融。給料日前に生活費が足りなくなる主婦に目をつけた。午前10時になると団地を見上げる。この時間に洗濯をすませていない主婦には金は貸しにくい。それも下着が外から見えるようでは「ズボラな性格だ」とみる。ポストをのぞいて郵便物がたまっているようでは信用できない。時に管理人室で家賃台帳を見て、支払日が一定でないのは要注意。こうした貸し金のノウハウがいまでも武富士に生かされている。「貧乏に追いつかれるな」とまなじりを決しながら、外に対しては、多くの貧乏を創り出し続け、企業の内にあっては奴隷根性を生み出し続けている。
東証一部に上場し、全国法人所得ランキング8位となった社風はどうか。軍隊式というより軍隊そのもの。新入社員研修は杉並の「真正館」。1400坪30億円の代物。そこで1日中、あいさつとお辞儀の練習である。身体に染み込ませるという。人にあったらあいさつ、お客はもちろんだが、上司が戻った場合も職場は総立ちで迎える。このあたりが理解できないが、ボーナスをもらったら支店長以上の幹部社員は武井会長に電話や手紙でお礼の言葉を伝えなければならない。これを怠ると降格である。「100引く1は99ではなくてゼロ。一人でも規則違反者がいると、全員の努力が無になってしまう」こんな考え方である。一人の規定違反も許せない。社員4000人いて、1年に1000人が入社して、1000人が辞めていく。4年で全社員が入れ替わる勘定。もちろん武井会長のこと、入社直後の社員でもすぐに戦力になる涙ぐましい創意工夫がなされている。パソコンはもちろん、マニュアルは小学生でもわかるように用紙一枚に絵柄付き。電話は必ず「林」と名乗る。お客からは「林さん、いますか」とかかると「はい、私が林です」となり、隣の人間が早速に情報ファイルを調べるという具合だ。社員全員林姓となる手間の省きようである。凄まじい合理的?なシステムである。多分これだけに限らない、信じられないマニュアルがあるように思われてならない。
この武富士が業界でもダントツに強い。あの「むじんくん」も「¥むすび」には敵わない。武富士、アコム、プロミス、アイワ、三洋信販が大手5社。その貸付残高は6兆3527億円。顧客数1150万口座だ。敵わないといえば銀行業界である。リテールだ、リテールだと大騒ぎするがとても足元にも及ばない。低利で武富士に貸し付けて、そのおこぼれに預かっていた方がよいという。そして恐るべき危機感はとどまることを知らない。いまやカード業界を買収し、そして、銀行が金利上げを強制し、貸し渋る、貸しはがす中小企業分野に触手を伸ばし始めている。
悪貨が良貨を駆逐するとはいうが、人間の労働をほとんど奴隷化してしまう企業だけが生き延びていく。これでいいのか、と思わざるを得ない。
調査によれば、多重債務者家庭の9割近くが生活保護基準を相前後する貧困層である。貸し金業とその他の商品販売業とは、根本的に違っている。商品はその必要性において限度がある。いくら物好きでもグッチのかばんを何個もいらない。しかし「お金」はいくらあってもかまわない。「お金」を商品化する恐ろしさが現出しているのだ。この業界の常識では、一度家族や親族が本人に代わって全額返済した客は「おいしいお客」になるらしい。こうした客には「ご利用ください」の勧誘の電話がしつこくかかる。それでは3万くらいというと、「完済の実績がありますから50万円振り込みます。不要な分はすぐに返済してもらって結構です」となるという。貧困層をこれでもかこれでもかと貧困の闇に落とし込んで成長する業種ともいえる。
多重債務に限らず、現代貧乏物語がじわり浸透してきている。完全失業者362万人、1部上場企業のリストラ計画人数60万人、ホームレス2万4000人、1年間の自殺者3万1000人、就職を希望しながら就職できない高校生3万5000人、全労働者に占める非正規雇用の割合26.1%などなど。貧しいものがより貧しくなる階層再生産が進み、中間層が貧困層に落ちてゆかざるを得ない階層分化が鋭さを増している。
わが家の浪人生がセンター試験に打ちのめされて帰ってきた。こいつもその予備軍にはいっていくのであろうか。今夕、「こち亀」を見ながら、「負けてたまるか」根性を叩き込むつもりである。