そういえば日本外交の顔が見えなくなって久しい。小泉訪朝以来20年経つが、目立った外交成果が得られていない。成果というよりも負の遺産だけが取り残され、その結末が防衛予算倍増となっている。原発回帰という理不尽な政策変更と相まって、このまま進んでいくのかと思うと、77年生きてきた戦後民主主義が全否定された思いだ。今回は日朝首脳会談を外交官として主導した田中均に焦点を当てて、検証してみたい。安倍外交の検証でもある。
小泉訪朝で明らかになった拉致問題こそ、安倍浮上のきっかけとなった。この時の平壌宣言で謳う植民地支配を精算し、国交正常化という大局的な方向よりも、拉致問題を誇大に取り上げ、北朝鮮を犯罪国家に見立てるレトリックで日本の右派勢力を焚きつけていった。植民地支配の加害国家が、拉致の被害国家にすり替わった。平壌宣言の歴史的価値を継承していれば、ノーベル平和賞ものだった。
田中は指摘する。戦後日本外交の積み残された宿題は2つ。ひとつはロシアとの領土問題を解決して平和条約を結ぶこと。もうひとつは北朝鮮との間で戦後処理を済ませて関係正常化すること。これを日米関係を視野に入れながら、やらなければならない。この独自外交を機能させなければ、米国の係数としてしか扱われかねない。
官邸の一強体制となった安倍政権は対米緊張というリスクを取らず、むしろ戦闘機などの爆買いで歓心を買うという絶対従属の道を選んだ。それが岸田に引き継がれている。安倍外交はその精力を対ロ交渉に注ぎ込んでいった。北方領土の2島先行返還を実現し、残る2島をリンケージさせることで動かそうとしたが、頼んだのは外務官僚ではなく、官邸の通産官僚。27回ものプーチンとの首脳会談を持ったが、いいようにあしらわれた。外交は政権トップと外交官との絶妙なやり取りで進む。沖縄返還の佐藤栄作と若泉敬、ニクソンとキッシンジャーがいい例であろう。野心功名だけに逸る安倍、外交の経験蓄積のない官邸官僚とではうまくいくはずがない。まるで電通に対ロ交渉を任せたレベルだったのではないか。
また、歪んだ政と官の関係では官の側に萎縮と忖度の風潮が広がり、日朝交渉に関わった田中には異様な批判が巻き起こり、一種のスケープゴートにされてしまった。安倍政治の本質は自らの権力の維持だけが目的で、そのためには国益を売り渡してもかまわないという居直り。統一教会との関わりもこうしてみれば納得がいく。
もうひとつ。金大中の2000年の南北首脳会談がなければ、日朝首脳会談は実現しなかった。1998年の小渕政権と交わした日韓パートナー宣言も、南北対話のために強固な日韓関係が必要という判断で、金大中こそ歴史的視野を持つ稀有な政治家だった。肝に銘じているのが、韓国の頭越しに北朝鮮と関係を持ってはならないこと。拉致の解決だけという狭い視野ではなく、南北の統一などの展望を持たねばならない。
最後に安倍政権の特質としてこう断罪している。「説明しない」「説得しない」「責任を取らない」。この「3S」で、経済政策も外交政策も表面的にきれいな数字を並べ、見かけだけを作った。現実の統計では、日本の国力はどんどん落ち、外交的にも何らの成果も生み出せなかった。
さて、今こそ安倍的なものにすがりつく愚かさに気付かなければならない。地に足の着いた言説や議論が今ほど求められている時はない。「5年間で43兆円 身の丈を超えている 現場のにおいなし」。香田洋二・元海上自衛隊自衛艦隊司令官でさえ、こう評する防衛予算。それでも受け入れていくのか。
参照/「世界」23年1月号 「失われつつある東アジアの展望」